• 雲の上の町 ゆすはら ─高知県梼原町─

町長からのメッセージ

町長からのメッセージ(2023年01月)

2023年1月4日メッセージ

あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になり、ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。

 昨年暮れには、近年にない大雪となり、各地で停電や交通混乱が発生しました。災害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。
 それ以降は晴天に恵まれた中で新年を迎えることができ、何よりです。伝統の箱根駅伝では熱戦が繰り広げられており、各地で体育始めも行われております。令和5年が穏やかな年となることを心から願っております。
 新年を迎えるにあたり、今一度みなさんに太郎川公園再生にかけるわたしの想い、覚悟をお伝えします。
 私は、“子々孫々に幸せな暮らしをつなぐ理想郷・梼原へ”を合言葉に、町民の皆さんが心豊かに暮らせる町「ウェルネスゆすはら」を目指してきました。ウェルネスとは、「自分らしく輝くように生き生きしている状態」のことです。
 つまり、私が目指す“子々孫々に幸せな暮らしを伝える理想郷・梼原”とは、赤ちゃんも子供も大人も高齢者の方も、町民皆さんが梼原町で一生涯、自分らしく輝くように生き生きと生きることができ、高度経済成長期の物質的な充足や利便性だけを「幸せ」とするのではなく、「多様な幸福」を暮らしの中で感じられ、人と共感しあえる心のよりどころとなるような町です。

 現在、梼原町を含めて、地方創生の背景にある人口減少に歯止めがかからず、それに伴って労働力不足、町内需要の鈍化、経済停滞、商店の廃業など、町の魅力低下に繋がっています。さらに、学校や教育、医療や介護・福祉など影響が多岐にわたることが想定され、町自体の存続にも関わります。
 つまり、私たちの愛する梼原町が‘なくなる’こともありえるのです。
 私は常日頃、2040年の梼原に想いを馳せ、どんな未来があり、そのためにどのような取り組みをすることが、町長として“子々孫々に幸せな暮らしをつなぐ理想郷・梼原”に導けるのかを考えてまいりました。
 そして、その最重要な取り組みが、太郎川公園の再開発だと改めて強く考えるようになりました。太郎川公園の再生は、私たちの子や孫の世代にバトンを渡すための取り組みであり、今こそ、町が全力をあげて取り組まなければなりません。
 太郎川公園の再生なくして、梼原町の未来はないとまで思っています。

 太郎川公園の再生は、産業のチャンスに加えて、人の流れができ、人口減少を抑制します。そして、新たな観光産業を生んでいきます。観光の成果が、町民の生活に良い影響を与え、町民の生活が良いと、観光にも良い影響を与えていくはずです。また、公園だけですと、町内の宿泊施設の不足から町外泊など観光客が通過するだけになりますが、ホテルがあることにより、観光客が滞在し町内全体に利益が生まれます。

 私が考える梼原の未来を創るキーワードは、3つです。
「みんながつながっている。(境目のない交流ができる)」
「社会と経済がグルグルまわっている。」
「一人一人がワクワク暮らせている。」   この3つです。

 私は5年前、町民の皆さんにお約束しました。
 町民の皆さんがそれぞれの生きがいや幸福感を感じながら安心して、安全に暮らせる、笑顔のあふれる町にすると。
 そのためこの5年間、産業の振興、教育の振興に特に取り組んできました。
 産業の振興としては、各集落活動センター自身が区の仲間と共に自助、共助としてみんながつながり、社会経済がぐるぐる回せ、区それぞれがワクワクできる取り組みを支援してまいりました。松原のどぶろく、初瀬のチムジルバンにはじまり、西区のジビエ、越知面のアメゴの養殖、四万川のキジ、東区の食堂のイタンポうどん、いずれもそれぞれ地域の特色を活かして取り組んでくださっています。
 また教育の振興としては、一貫教育の充実をはかり、0才から18才までの教育を通じて、子どもたち一人ひとりが自らの才能、アイデンティティ、学びを高めて、2040年の梼原町を内外から支えられる自信溢れる梼原人になってもらえるように、こども園、小学校、中学校、そして高校が「つなげて、つづけて、強くする」を合言葉に組織の壁を越えて取り組める体制を整えてまいりました。そして檮原高校を卒業した子どもたちが行政や教育委員会と繋がり、今度は梼原町の教育づくりや町づくりの当事者として関わる取り組みも始めています。

 しかし一方でこの5年間で反省すべきこともありました。その一番反省すべきことが、太郎川公園の再開発をめぐるホテルの建て替え問題でした。
 資材の高騰もあり、全面的な見直しを私が決断したわけですが、立ち止まった一番の大きな理由は町民の皆様の声でした。町民のみなさんの声を通じて、本当に今のまま進めた時に、太郎川公園の再生は、私たちの子や孫の世代にバトン渡すための取り組みにはならないと気付かされたためです。
 ホテルの建て替えをストップさせて、更地になった太郎川公園を一人で訪れ、ゆっくり自分の足でまわりました。
 そんな中で私は過去を思い出し、気付かされました。
 昔の太郎川公園は、三世代交流ができ、赤ちゃんからお年寄りまで笑顔が溢れる場所だった。しかし今ではそのような面影はありませんでした。
 家族や友人との楽しい時間を過ごし、絆を深める場として、都市との交流の場として、森林の文化を身近に感じられる場とする。それが太郎川公園の初期の成り立ちです。
 立ち止まった今だからこそ、私はそんな先人から引き継いでもらった太郎川公園への想いに立ち返り今一度、梼原町の未来を創る3つのキーワード

みんながつながれる。(境目のない交流ができる)
社会と経済がグルグルまわる。
ワクワク暮らせる。  を大切にして再生を実現させることを決意しました。

 この太郎川公園の再生を通じて、今を生きる私たち自身が生きがいや幸福感を感じ、笑顔であふれる町にしてまいります。しかし、この再生は私や行政職員だけでは実現できません。町民の皆さん一人一人のお力が必要であり、関わっていただきたいです。
 そして先人たちから引き継がれたものを、よりよくする形で、皆さんと共に次の世代に胸を張って渡したいと考えています。
 また梼原町の玄関としてお客様を心地よく迎え、さらに関心を深めていただき、観光産業に結びつき、町民の幸せにつながることを目指します。
 森林を学び、森林に親しむ。
 星を学び、時の流れに思いを馳せる。
 人と人のつながりや、人と自然のつながりを取り戻し、心と体を解き放つ。
そんな梼原町でありたいです。