脱藩の道

嘉永6年(1853年)のペリー来航は、日本の鎖国体制に穴をあけただけではなく、幕藩体制崩壊の契機になります。この大きな時代のうねりは、梼原にも多大な影響を及ぼしました。
坂本龍馬をはじめ、土佐勤王党、天誅組、忠勇隊に参画した梼原出身の志士、吉村寅太郎、那須信吾、那須俊平、掛橋和泉、中平龍之介、前田繁馬たちは、維新を夢見て決起し、大いなる使命感に燃えながら野越、神根越、化粧坂、そして国境の九十九曲峠、韮ヶ峠への道を幾度となく往来したといわれます。志士たちの多くは、志半ばにして不遇な最後を遂げてしまいましたが、彼らの生きざまは、私たち現代人の心を捉えてやみません。「維新の道」は、まさに日本の未来を切り開く希望の道だったのです。
昭和61年、この道は「日本の道100選」に選定されました。












